「わ、悪くないって…!」

その言葉の意味を理解する間もなく再び強引に唇を塞がれ、滑り込んだ舌の動きに 思わず瞳を瞑る。
慣れた動作でキャロルの口内を蹂躙するそれはまるで獰猛な獣のようで、キャロルは耐え切れずに 空を彷徨ったままの両手でメンフィスの背を叩いた。

――息が。

絡みつく舌は酸素を奪い、かわりにどうしようもないほどの熱を身体の奥底に植えつけていく。
口付けをされるのは初めてではない。
けれどもこれほど激しい口付けは、知らない。
恐怖にか羞恥にか、背を叩く腕に力が込められたのに気づいて、ようやくメンフィスは そっと唇を離す。
しかしその動きはひどく緩慢で、二人の間に銀色に輝く糸が伝う。
空気に紛れるように伝って落ちたそれに、キャロルは顔を真っ赤に染めた。
「…信じられない」
ぽつり、と非難めいた口調は当然のこと。
「おしおきだと言ったろう?」
くつくつと喉を鳴らし、メンフィスは楽しそうにキャロルの細腰を抱き寄せる。
己の片腕にすっぽりと収まるほど細く小さな身体。
たおやかなその肢体は甘い香りと柔らかな熱でもってメンフィスの欲望を駆り立てる。

――どうしようもないほどの、征服欲。

彼女を苦しめることになると、知っていてさえもなお。

「嫌だったか?」
「あ、当たり前じゃない…っこんな所で…あんな…」
「あんな?」
激しい、とは言えずに、顔を真っ赤にしたまま悔しそうに俯く。
それを見てまた笑い、すらりと長い五指に金の糸を絡ませた。
「――また、伸びたな」
「……メンフィスが切らせてくれないからでしょう」
「当然だ。このように美しい髪を、何故切る必要があるのだ?」
毛先を口元へと寄せ、愛しむように口付けを落とされる。
そのまま射るような視線で見つめられ、心臓がどくりと跳ねた。
「そなたの髪も、腕も、手も。――全てが私のものだ」
他の誰にも、渡しはしない。

「メンフィス…!」
強く抱きしめられ、あまりの力に息を忘れる。
絡みついたはずの腕はいつの間にかキャロルの背後を滑り、すぐにその中心へと辿り着く。
後ろから触れられた、最も敏感な密やかな場所。
「ゃ…っ」
長い指が。あの美しい指が。
己の中心を、熱で満たす。
先程の口付けとは違う、泣きたくなるほどの優しい愛撫。
「…や、…嫌っ…ぁ」
感覚が麻痺する。
全身が熱に侵され全ての自由を奪われる。
熱を含んだままの舌先が、唇から、首筋へ、胸元へとゆっくりと滑っていく。
もたれかかるように抱きつく小麦色の胸は、信じられないほど広く逞しい。
何度も何度も。
更に奥へと愛撫を強くする指に、湯の熱さがその熱をさらに膨張させる。
喉が震え、舌先が痺れ、紡ぎだされる嬌声はひどくか弱い。
それでも全てを忘れさせるほどの、この快楽は。

「メン…フィ…ス…っ」
もう、これ以上は。そう何度涙で訴えても、快楽は緩い波のように果てしなく打ち寄せる。
寄せては果て、果てては寄せて。
もう何度目かになるか分からないほど、それでも身体の熱は高ぶり続けていく。
「キャロル…」
「や…ぁ!」
耳元で囁かれ、ぞくりと背中が波立つ。
首筋を甘噛みされれば、焼けるような痛みと快感が同時に襲った。
「っ…こん、な……」
現か夢か。こんな所での卑猥な行為。
それをしているのが自分だとは到底信じられず、けれども更なる高みを求める自分が、そこに確かに存在しているのを自覚する。
朦朧とする意識。
湯の中へ沈み込みそうになるのを、幾度もその大きな胸と腕で阻まれて。
許さない、と。
まるで一時でもメンフィスの身体から離れることを咎めるようなその仕草に、 何故だかまた涙が零れる。
涙を舐め取られ、胸の頂を口に含まれ、優しく舌先でなぞられる。
どんな顔でいるのだろう、とそう思って必死に目を凝らしてみても、 湯気と熱で、視界が曇った。

「…キャロル…」
無意識のうちに逃げようと抵抗する身体を容易く捕らえ、メンフィスは愛撫を繰り返す。
まるで母親の愛を求める幼子のように、ただ必死に、貪欲に。
「ん…っぁ、…ぁあ…」
耳元で囁かれる甘い声は、彼の理性をいとも容易く奪っていく。
汗と湯に濡れた柔らかな白い肌も。
桜色に上気した頬も。
己が刻み付けた胸元の赤い刻印でさえ、全てが愛しく、もっと、もっとと彼を激しく急き立てる。
熱が混ざる。
吐息が溶ける。
湯に浮かんだまま絡み合った黒と金の髪は、二人の間を囲んでいく。
もっと、もっと。
彼をここまで翻弄するのは、この少女だけ。
この声を。唇を。快感に歪む顔を。
ただ己のものだけにしたい、そのあまりに強い欲望に、とうとうメンフィスは我慢できずに 苦しげに息を吐いた。
指を引き抜き、小さく声をあげた少女を構う暇もなく、限界を超えた熱だけをもって その中心に己を深く注ぎ込む。
瞬間。

「―――…っ!」

声にならない悲鳴が、あがった。

「くっ…ふ…ぅ、ぅぁ…!」
先程とは比べようのない圧迫感と快楽に、キャロルは全身を強張らせ嗚咽に似た嬌声を吐き出す。
熱をその最奥へと注ぎ込むたびに跳ねる水音。
彼の熱か、それとも湯の熱さか。
神経が焼け焦げるほどの快楽に、涙が溢れる。
助けを求めるように口を開いても、漏れるのは甘く激しい嬌声だけ。
容易く翻弄される己の身体が、いっそ恨めしかった。

「…っ……っ……ぁあっ……!」

―――果てたのは、どちらが先だったのか。



ぐったりと腕の中で果てた肢体を、メンフィスはしっかりと抱きとめその髪を指に絡ませていた。
慣れない場所での行為のせいか、果てた直後キャロルはそのまま意識を手離した。
紅潮した頬はそのままに、キャロルは僅かに熱を含んだままの呼吸を繰り返している。

――おしおきとは、聞いて呆れる。

自嘲気味に薄く笑って、メンフィスはそっとその額に口付けた。
始めにあったはずの余裕も、少女の身体を求め始めれば塵に消える。
少女と身体を交じり合わせるたび。
――なによりも必死にその身体に縋りつくのは、むしろ己のほうなのだ。

誰にも奪われないように。
何処かへ消えてしまわないように。

求め、焦がれるほど求め続け、それでもなお飽くことを知らないこの貪欲さ。
少女を傷つけ、苦しめてさえもなお、手離したくないと欲するこの罪深さ。

「仕置きされるのは…私のほうだな」

呟きは、夜の帳の中へと呑まれていった。








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